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ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

うつ状態なのか境界性パーソナリティ障害だったのか

悩みに悩んでいた専門時代。
文化服装学院に通っていた。
家に金銭的な余裕がないことは理解してたけど、周りが進学や受験という難問に挑戦してても、わたしの胸の内は誰にも話せず自分の人生に失望していた。一時的に嘔吐を繰り返す、首を寝違えまくるなど、この頃からメンタルはおかしかった。
思春期の病かー、中二病的な感じかなーと、捉えていた。
受かったら良いなーという気持ちはあったけれど、経済的な問題もあって親と兄に無理言って一般入試をうけたら、普通に受かってしまった。高校生の頃劣等生だったのにだ。


高3の終わりに彼氏が出来、その彼氏の家が一人暮らしをするので、居候させていただいていた。バイトをしてもばっくれたり、絶望していく中、わたしと彼の関係性も不穏な感じに。

フラッシュバックするのは、必ずセックスする環境だったことだ。それが、耐えられなかったのか、若い先生(文化学生からからそのまま文化に就職した若い先生)とフィーリングがあって、先輩とよく新宿の街を出歩いては、お茶をし、夜な夜な写真を撮るという行動をしだした。

文化祭の準備には顔を出せるのに、朝からの授業に顔を出せなくなっていった。
専門時代、わたしは遊びに遊んでいた。
私はセックスがなくただただ、頭を撫でてくれるその先生のことが気になり始めた。

そして、崩壊へと向かう。

それを自分でもおかしい。なぜ、1番近くにいる人を愛せないのかと、自問自答をしては朝起きれなくなり、朝から学校にいけよ、と叱られ、罵倒されていた。
言ってることは正論だった。
だからこそ、自分を責めていた。普通に出来ない自分を。

そして、決定的なショックな出来事が起きた。

言い合いの喧嘩の末、タンスの中に入っていた洋服を玄関に放り投げられたのだった。

彼の傷つきはものすごかったのだと今になって振り返ることは出来る。

もうこの家から出ていった方が良いなと感じ、距離をとった。存在してはいけないと思ったのだろう。

そしてふと、
私はなにをしてるんだろうと疑問が残り、とりあえず実家に帰った。
泣きながら課題も手につかない学校にも行けない、お金がもったいない、これから、ちゃんと働くと決意を決め母に話をした。

こころが元気であることが1番大切、退学することを後悔しないようにと、言われ退学をした。
時系列はこの辺りバラバラだけれど、

彼の部屋にある荷物をまとめ出ていく夜、
彼は、別れるなら死んでやると言いだした。

本当に死ぬのかな、それは困ってしまうと、
泣きながらセックスをした。

それでも、私は心に決めていた。
出て行かなくては、と。


もう、いっぱい、いっぱい、だったのだ。

お金がない中、専門に通わせてくれたのに、親不孝ものだ、身も心もボロボロになって、実家に帰ったのは本当に情けなかった。

私の感情はおかしい、無くし去りたいと、願っていた。


ブログが唯一の胸の吐き出し場所だった。

その時、検索して、ヒットしたのが
境界性パーソナリティ障害の記事だった。


これは、わたしのことだろうかと、
一心不乱に読み進めていたのだった。

繋がり

色々とあったことをカウンセリングで整理。

なんとなく嫌な気持ちが残って遅刻をしてしまった話から。
フラッシュバックをして記憶をなくしたことを報告。
なんで、嫌な感じが残ったのかの再確認。
家庭のことと全てはつながっているんですかね、と伝えると、根っこは全て同じだよと答えをもらう。
家庭での緊張やどんなに頑張っても、認められなかったことに尽きるとのこと。
自分への見立てが当たっていた瞬間だった。

フラッシュバックを起こした上司との関係と、
家族との関わり方は繋がっていた。

私の場合は、間違ったことをして失敗して、ダメな自分の再確認までしているとのことだった。

やっぱりダメなんだ、そして、自分の存在価値はと飛躍するんですと答えた。
すると、カウンセラーさん的には全然飛躍してない。距離はむしろとても近くつながっているよ、とのこと。

自分に課したルールの再確認までしていて、
他の人なら怒りに繋がるんだけれど、あなたの場合は、ただただもやっとするのとのこと。

記憶の飛びやすさ=解離のしやすさは、

自分の課したルールを守れない自分。
そして、また失敗したダメな自分を再確認しては、心の深い部分にすぐに辿り着いてしまうということが原因だった。

普通の人だったら、あ、間違えたなー次はこうしようとなるけれど、あなたの場合は、間違えた=ルールを守れなかった自分への罰になる。

フラッシュバックの原因は全て同じだよと納得。

頭では理解してるけれど、気持ちが追いつかないのもそういうこと。

したくない気持ちとの葛藤だね。
スルーできないのは、どうして?ときかれ、すぐに思いあたらなかった。けれど、辛そうな人を見ると機嫌を取りたい、幸せになってほしいと思う気持ちからの行動だと思うと伝えた。

カウンセラーさんは、いい意味で喜ばせたいということなんだよね、、と言ってくれた。


そして、それって、あなたの大事にしてきたものなのと。

私の目の前に幼きころの自分の姿が映る。
健気だったなぁと想いを馳せる。

そして、他人事のようにそれは生きづらいですねー、と伝える。

そして、ストレスがかかった時、大事なものを守る時に怒りという感情を持つんだなぁと他の人を見ていて思いましたと伝える。

感情的になることが怖いと伝える。それは、怒鳴られる、怒号が飛び交うこととへの恐怖と重なる。

あなたが感情的になることってあるの?と再確認。夫に当たってしまったり、泣いたりしてしまうと答える。

すると、感情的になることにまでルールを課してる。そのルールを破るわたしはダメなわたしという再確認までしてる。それはね、とても辛いよね。



と、言ってくれた。

話してイメージ出来ると、距離が取れるようになるからね。

日々、なんとなく、嫌だなと感じたことを整理していこうねと言ってくれた。

そして、たまには人のせいにしても良いんだよと言ってくれた。

話をするたびに震える手元を見つめていた。

連日の遅刻について

金曜日、仕事が休みだった。
夜中に寝て17時すぎに起きて慌てて病院に行った。
間に合わなかった。
間に合わせようと必死、けど携帯の充電がなく連絡できない。連絡しないといけない、けど間に合うかもしれないの葛藤に意識を飛ばした。
結果、どんな風に家路に着いたのかあまり覚えていない。パニック状態だったんだと振り返り思う。


帰宅後眠りにつくと今度は起きられない。

16時からライブの準備があった、結果遅れる。
ライブは無事に終わった。あっという間だった。


阿佐ヶ谷駅のホームでひとり電車を待っていた。

なんだかふと懐かしい気持ちになった。

私は一人なんだって気づいた瞬間だった。
ふわ〜と心が軽くなった。
揺れる、ライトアップされたツリーを見て、もうクリスマスなのか。ライトアップ綺麗だなぁなんで思った。

そこには安心感があった。
この感じはカウンセリングを受けた後にもふ〜っとする感覚にとても似ているし、二十歳の時にバウスシアターに一人でレイトショーを見に行った時の感覚と全く同じだった。


私はひとり。私は私、という感覚だった。


地元の駅でお腹が空いたのでラーメンを食べるも、吐きそうになってしまったので、半分以上残して帰宅。

帰宅後抜け殻の状態で、朝6時ごろ眠りについた。

次の日母の還暦祝いだった。寝る前に12時集合と唱えて寝たのにも関わらず起きたら11時45分。

夢の中で、行くか行かまいか、体調不良と断るかという選択会議がなされていた。

夢だなぁーと意識を持つ自分もいるがまったく起きられらない。意を決して飛び起きた。


案の定1時間半の遅刻。


時間を守るという、社会的規範に自分を当てはめようとするととても苦しくなる。

何故なんだろう。
何故、いつも遅刻をしてしまうのか。


不甲斐ないな、と思いながらも


ホームに立っていた自分の姿を想う。

そこには社会的規範の中にいなくても良いと感じ、この世への安心を取り戻す自分の姿だった。

また見えてしまった

感覚、
感情、
錯覚、

わたしの感覚や感情は大切にしてねと
カウンセラーさんは言うが、感情を大切にしたら、私は人間関係を築くことができないとおもう。
親密さがないというのは、
人間がそもそも、怖いという感覚で
親密さがないと言われても、親密さは煩わしいものでしかなかったからだ。


それを、どう変えろというのか…

そもそも、親密な関係性は傷つくものであるという
認知の発端は愛着にあると思う。
一人の世界にある、安心するという感覚に勝るものはなくて、傷つけ傷を深め
親密な関係はことごとく失敗に終わったからだ。

親密な関係は緊張させなくてはいけないから
とても、とても、神経を使う。

あなたに今起こっている現象の根っこは全て同じ。
と言われてから、そもそも、この根っこの部分は変わらないし、変えられないことを悟った。


接近しては回避と遁走、
接近しすぎるとフリーズ、闘争、
今までの行動の中にあったのは恐怖。



安心や安全がないのである。



それは、もう薬でどうにかなるものでもないと知ってる。
カウンセリングで、自分を受け入れるしか方法はないのだ。
なにをしても、なにをはなしても、
受け入れてもらう、

不足した子供時代をやり直しているかのようだ。

カウンセリング

カウンセリング

見えてくる関係性や心の動きについて話す。

カウンセラーさんからは、よく関係性が見えてると思うよ。そもそもなんで、その人は自分の気持ちを伝えられていると思う?

安心な環境の手前だよ。
自分自身が、安全で許可を出せてるからだよね?
と教えてもらった。

自分がどう思ってどう感じてるのか話せる、それはね、自己肯定感が高いということなの。


本当にそうですね、と伝えた。

自分自身は、自分を常に監視してるから、話せない。話すことにさえ、許可を出せないと伝えた。


それは、そうなるよ。


否定されたり、急にほめられたり、一貫性のない対応をされてきたからね、と。


それから、心のやり取りをするにはとにかく反応を見ること。どう感じたか、どう思ってるのか聞いて見ないとわからないからねと教えていただいた。


そうするとね、もっと、柔らかい対応ができるようになるからね、とのこと。


けどね、あなたの場合、刺さった矢をずっと、自分のせいだと感じる。少しの傷でさえ、全否定されたと感じるのね。
だから、刺さった矢をまずは取り出す作業をするの。
それから、持てるようになること。

持てるようになれば、軌道修正もできるし、態度や声のトーンが怖かったとか、内容は確かに通じてるとか、いろいろわかってくるからね、と。


ただ、その矢を持てるようになるというのは、とても苦痛を伴うことにもなる。

辛い作業にもなるとのこと。

また、一緒に整理していこうねと言っていただいた。

そして、カウンセラーさんを尊敬するのは、バッパと次のまた次の予定までも入れてくれるのであった。

その作業を横で見てるだけで、あ、私は応援されてる、、と実感できるのでした。

感じ取る、という作業は確かに苦痛を伴う。
見なくてもいいものさえ、見ようとする作業だと思うから。

けど、私には生きていくために必要な作業だと思ってる。

今までは解離させたり、抑うつになったりで、実感できなかったものだからね。


よし、明日からまた見る聞く感じるにブレーキをかけないように仕事をしてみよう。


と、思った面接だった。