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ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

感情を感じるということ。

被虐待児だったらしい

カウンセリングにいってわかったこと、自分の気持ちがわからないということ。


そもそも、過去を振り返ってみると、母との接触は自分が求めても、すべて拒絶されてきた。金魚の糞みたいって笑われて、必死に愛想笑いをする小さい頃の私。


母に暖かく抱かれた記憶もなく、身体的な接触はほんとうになかった。

いつも家事をし育児から逃げていた。

なにかにかこつけて、誰かの世話に逃避していた。わたしはあの人の眼中にいなかった。

父にはたくさん抱っこされた記憶がある。 

わたしは父にそっくりだったのだ。

母は時々おかしなことをいう。

仕事に行くこともなにもかも、父ではなく祖父に相談していたと。

祖父に相談して、子供のことは任せなよと言われたから仕事をしていたと。


わたしは小さい頃から抑うつ状態だったと思う。母に誘われてもいきたくない、家にいるといって、ひとりでただぼーっとテレビを見たり一人で粘土をこねたりしていた。

頼りになるものがガーゼのタオルだった。いつも手放せなくて、それを母が洗ったら知恵熱を出したそう。

きっとかなりの恐怖で身体化したんだと、いまはおもう。


小さい頃のわたしは突然切れる。 


ノンタンの絵本をズッタズタにやぶく。

それに対して一人で寝て、自分でケアするの。この絶望感わかるかな?

なにも、話しかけてこない、どうしたの?とも声をかけてくれない。

そんな母に育てられた。


愛着のない世界でひっそり

恐怖を抱えて生きてきた。


とあるきっかけで精神的に不安定になり会社を突然辞めたりバイトもすぐにだめになった。

何度も繰り返してきた。

早く自立したいと焦ってきた。

けど、そのたんび会社に行くことすらできなくなるほどの身体の不調。

感情の抑圧。



6回目のカウンセリングでもまだ自分がネグレクトされていたという気持ちの整理がつかず家もあったし、ご飯もあったし、お布団もあったと伝えたら、それは違うでしょ?とカウンセラーさんに指摘された。

たしかに、変なお母さんに育てられたのだった。


会社でも家庭でもいつもストレスのはけ口にいつもなること、虐められいても気づかないことを伝えた。

そして、嫌なことされても動じないように見えるのは、自分の心を無にしているからだそう。


耐える、我慢するがわたしの生き方だった。それを手放すのもこわいし、どうやって生きていったらいいのかわからないと伝えた。

でも、恐怖を克服したいと伝えた。


それは、怖いよね。

恐怖は克服するものではないんだよ。 

カウンセラーさんは、テーマを決めるのもなんなんだけれど、これからは、自分の感じた違和感や、イライラしたことをちゃんと話して整理していこうと言われた。


12月末から行きだしたカウンセリングでようやく話すテーマが決まった。


テーマが決まり、仕事後カフェで一人考える。


違和感ってなんだろう。

これは違和感というやつなのだろうか。

と、わからなくてもやもやしてノートと睨めっこ。3時間もかかって1日を振り返った。


それにしても自分の感覚がこんなにも鈍っているなんて!と思って、非常にかなしくなった。


怯えるわたしをカウンセラーさんは優しくゆっくりやっていこうねと包んでくれるのだった。


ゆっくりやっていくと言葉を復唱していた。

そういえば初回の面談では、虐待されていた時間と同じくらい回復に時間はかかるかもしれないと言われていたのだった。

 今、27歳。何年かかるのかな。