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ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

母との会話

家族のこと

2月から距離を取り連絡をしていなかった母へ、2歳〜〜4歳頃の写真がなくじぶんのことがよくわからないので、幼少期の自分の様子や母のそのときの様子を知りたくて近況報告を兼ねて連絡をとることにしてみた。

 
メールの内容はこうだった。
 
 
歩くまではいつも抱っこヒモで出かけていましたよ。友達が作ってくれたもので駅でパンを買って地元や学校などつれ回していました。
小さくて可愛いくてみんながみてくれました。
おじいちゃん、おばちゃん。お兄ちゃんの友達がいつもいましたよ。

とのこと。知りたかったのは母がどんな思いでわたしを育てたのか、わたしに対してどんな気持ちを持っていたのかだったけれど、どれも見当違い…
 
そこで、電話をしてみることに。
 
とりあえずうつ病と診断されたこと、病院とカウンセリングに通っていること、原因は幼少期の愛着に問題があることなどを伝えた。
 
母は、それほど悲観しておらず心配はしているようだった。お金の心配をまずされまして、お米とか野菜とか届けに行くし、何か欲しいものがあったら言ってねとのこと。
また、心を楽にして過ごしてねと、初めて情緒的な言葉をもらえた。
優しいなぁとも思えたけれど、その後、なんだか違和感を感じるわたし。
 
あー、またお金の話だ!とフラッシュバック。
まぁ、お金は本当に大切なんだけれども、お金の管理できないからこんなったんじゃーん、みたいなもどかしさを感じた。だってわたしお金で好きな豪華なおもちゃが欲しかったわけでもないし、ただ、ただ、一緒にいて落ち着いて過ごしたかったんだよーと脳が発信していた。
 
お金や物じゃないの、お金も物も大切だけれど、かわいいとかの褒め言葉意外で、できたこと褒められたかってし、こんなことが得意だねとか言って欲しかったんだよーって。
 
かわいい、かわいい、ってわたしはお人形じゃないんだよ。人間だよ、可愛くない時もあるよと、生きるために必要なお金や物も大切だけれど、くじけた時どうしたらよかったのか、一緒に考えて欲しかったし、そのサインを行動で示していたし、どう伝えていいかわからなかった。子供のときのわたしの本当の気持ちを察して欲しかったよーと、子どもの時思ってた気持ちがふつふつと沸き起こってきた。
  
消化不良で終わるわたし。
 
けど、夫からしてみたらお母さん優しいじゃんとのこと。まぁ、優しいは優しいだけれどね。
 
とりあえず、野菜もお米もとても助かるから、今度、実家帰りますねと伝えた。
 
父とも仲良くやってるみたいだし、久しぶりに姪っ子の声を聞けたたからよしとします。