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ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

解離について

解離性転換性いろんなきもち

わかりやすい本を紹介したいなぁと思います。

 

 

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)

 

 

 

わかりやすい「解離性障害」入門

わかりやすい「解離性障害」入門

 

 

どちらも図書館で借りました。

カウンセラーさんから、対人恐怖を治すには自分を理解することだと言われています。

積極的に本を読むことは禁句とか言われるかもしれないけれど、わたしの恐怖感を取り除くには必要な過程なんだと思いました。

 

読み進める中で、小さい頃から不思議な体験が多いことがわかってきました。

 

例えば、紙とペンを用意してほしい。

記憶はどのような姿で現れるか試してほしい。

一枚の紙を二つに折って

一方を小学校、それ以前の記憶で頭に浮かぶ像を浮かんだままに絵に描いてみてほしい。

わたしは、自分の記憶像に必ず自分の姿が映る。

例えば、食事が済んで身支度をしているとき、母親に髪の毛を結んでもらっている姿。

もっと、きつく縛ってと、リクエストする姿とか、砂場で遊んでる姿とか。後方からだったり真ん前から少し離れた角度から自分を見ている。

小学4年生位に描いた絵にはおばあちゃんちに、1人で行くときの電車で見た夕日と自分の後方からの様子を描いていた。

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もうその絵は残ってはないけれど、とてもよく覚えている。

 

このように、自分を俯瞰する癖みたいなものは小さい頃からあったみたい。

 

 

そして、おばけの夢、リアルな夢、デジャヴュ

は、小さなころから体験していた。

 

困るのは不特定多数がたくさんいる場所は落ち着かない。それは、気配を感じたり、漠然と誰かにみられているように感じたりするから。

ただ、わかったのは、自分が自分を見ているから気配過敏だったりするのだと最近になってようやく整理がついた。

 

観察者としての自分と表現するのが適切らしい。

 

わたしの場合は、悪いことをしないように、規律を守れるようにといった思考とも関係していて、観察者としてのわたしが自分の行動を制御している。

そのため、緊張感の高まりを感じると観察者としてのわたしの方が大きくなり、現実を体験している自分はただの抜け殻になり、ただただ疲れているだけといったことになる。

 

ようは、常にリラックスできないのも、この観察者としてのわたしが強調されているからなんじゃないかと最近思うようになった。

 

カウンセラーさんに言われた言葉の中で、解離転換性障害になった原因はお母さんにある。

お母さんはわたしに対して怒ったり、叱ったりといったことをしてこなかった。

自ら放任主義だからと自慢していた。

 

だから、なにに対しても恐怖を感じていたし、みんなが言う、どうにかなるさ、大丈夫だよといった、大丈夫感が全然わからない。

 

社会のルールや規範を守るために自分を分離させてきた結果、自分の行動が自分でしたことにならず、実感が伴わなくてなにも残らない感覚がするのだと思う。

こころが離れてしまっているから、体の痛みとなって、疲れやストレスを認知する。

負の感情に対してはとても敏感。それがたまると解離がひどくなり、心の声がここにいちゃだめだよ、逃げようよ、いやまだ頑張りたいよという競い合いに発展していきしまいには転換症状として、身体が動かなくなる。

 

たまに、こころが傷つく体験をすると、

なんか違うよ!このままだと、自分が自分でなくなるよという声も聞こえてきて、そうだね、その通りだねと、合意をとる。

 

いつも自分との対話でしかるべき方法や解決方法としてとってきたのが、関係を切ること。

居場所を変えることだった。

 

部分的に記憶がなかったりするから、フーグとも見て取れると思う。

 

我慢を通り越した抑圧から解離に至るとカウンセラーさんに教えてもらった。

 

解離してるときは怒りの感情を押し込めたり感じないようにするためにわたしには必要だった。

怒りは恐怖と隣り合わせなんだよ

とカウンセラーさんから言われたこともあって、わたしは恐怖を感じるとイライラしてしまうのです。

そして、イライラをほんとうは感じたくないし自分にとっては受け入れがたいし感じたくない感情のため自分や現実を解離という防衛手段を用いて対処していたということになるのだと思う。

 

カウンセリングで、認知行動療法のコラム法をためしたけど、わたしは自分の感情がわからなくて続かなかったことを伝えた。

だから、思考に頼ること

それがとても窮屈に感じたりすることもだんだんわかってきた。

自分ができていることを自分が認めたくなかったりもするんだと思う。

 

実感が持てたらバーンアウトしないよ、としみじみ言われて、本当にそうだよなぁ。

どうしたら、実感が持てるのだろうとまた思考がとまらなくなる。

ちぐはぐな気持ちがあるから、行動や言動もバラバラになる。

 

それは、とても、ややこしい。