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ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

貧困の中の子ども。希望ってなんですか

メディア

(055)貧困の中の子ども: 希望って何ですか (ポプラ新書)

(055)貧困の中の子ども: 希望って何ですか (ポプラ新書)

今日はこちらの本を読む。
児童養護施設で育ちいまは居場所づくりの代表を務める真由美さんのはなし
心身ともに体を壊して、子ども3人を育てるシングルマザーひろみさん

2人の話に自分を重ね合わせているようにも感じるけど、とりあえず置いておいて。

ひろみさんの息子さんとのふれあいがとても印象的。
私も傷病手当金で現在生活しているけれど、わたしは正社員だったので、ひろちさんと比較しても恵まれている。
3人の子どもを月8万円で養わなくてはならない不安、恐怖。

それを支える息子の声がけは、今日は眠れたかどうかという声かけで、その思いやりを感じる母ひろみさんは嬉しいとはなす。

息子さんは、「お母さんが家にいるとき安心する」と答える。


そのやりとりにどれだけお母さんは心の負担を軽くしているだろうか。

そして、息子さんの我慢に涙無くしては読めない。

それは、どうしてか。

わたしを照らし合わせる。
カウンセラーさんから言われた言葉

「どんなにお金がなくても、あなたのようにはならないの。」

その言葉に私は驚きを隠せなかった。

なぜか?
私の家は貧困ではなかった。
年収1100万もお父さんは稼ぎ、母も月10万円程は稼いでいた。
なのに、お金がないのだ。

私は幼い頃から家に借金があることを知っていた。
しかし、持ち家だ。
おばあちゃんだって、私が保育園のころ郵便局で働いていた。

それなのにお金がないのだ。


本当にないのだろうか?

兄や姉には塾通い、スイミングスクール、私にはブランド物の洋服、
パチンコ、おばあちゃんとおじいちゃんの医療費、
それにしたってだ。

パチンコで何万も負けた話を聞いていたら、嫌になる。

そして、挙句の果てにお父さんは失業。

子どもは不安にだってなる。

それを、感じ取った私は中学受験では、
みんなは理系や文系といった進学高に進むのを羨む暇もなく、絶対に私立にはいけない。
だとしたら、絶対に失敗できないストレスと戦い、
商業高校に入った。

なりたい夢なんかなかった。

所詮そんなものは家庭に余裕があるかないか、中学生にもなれば理解がつく。

我が儘は言えない。

そんな気持ちをひとつも汲み取ってくれない母や父。
高校を受かったときのお母さんの表情は今でも覚えていて、喜びもしない、あらよかったわね。
で済まされる。親孝行者だねとだけ言われた。


なんにも、わかってくれなかった。

家族の自己管理能力のなさには幻滅したし、
パチンコに通っても負けることなんて察しがつくのに、自分のこどものことなんて、頭にこれっぽっちも残っていないように、私には感じた。


愛されてないんだなぁ


とも思った。

ひとりで、きゃっきゃっして喜ぶなんてことも、押し込めた。

高校に受かった位で浮かれているなんてバカみたいとも思った。

正直言うと、理系や文系とかそういった基準が社会にはあって、羨ましいと思った。

私にはそんな基準はないから。
ただ、早く自立して家を出たいという思いだけだった。

だから、高所得層だったのに、愛がかけてた。
気持ちの繋がりも感じられずにいた。


わたしは、希望?意欲?なにそれ状態だったから、もう投げやりだし、破天荒だし、現実逃避しかわたしは選べなかった。

それでも、頑張って人並みになりたい、と努力した。

高校生になってから、バイトを二つ掛け持ちして、家にいないようにした。
自分はいない子
そう思うようになった。


貧困でも、愛があれば少しずつ夢や希望を持つことは出来る。


そう思えて、余計に私は悲しくなるけれど、
8万円で暮らしているひろみさんの家族のように、

私は今、家もあって夫もいて、どうにか暮らせてることにもう少し感謝して生きていきたい。

とても良い本だった。