ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

話が聞けなくなる瞬間

カウンセリングでした。
自分だったらどう思うか、どうするかという感覚は大切だよと言っていただく。

埋め合わせをしようと頑張るけれどその頑張りが結びついていないように感じるとき私は一種の燃え尽きを実感するというカウンセラーさんの見立てはピッタリで、そういう時はね、アドバイスはしないでね、大変だったね、よくやっているね、と伝えていけば良いと教えてもらう。

だいたい、人のせいにするというパーソナリティはどこから発生するのか?
理解力が弱いのかもしれない。
環境要因が強いのかもしれない。

ただ、あなたの場合は憶測で動いてしまうから
なんでかな?とおもった感覚から質問をして見立てを立てるようにした方が良いとのこと。

憶測で判断しないように気をつけて
距離を取るようにとのことだった。

あれ?なんだろう?
どういうことだろう?
自分だったらどうするだろう?

私だったらという感覚が抜け落ちる時や合わせられない時に話が聞けなくなってしまうとのこと。

そして最後にあたなが涙を流した時はどんな時?
あなたの場合、そんな風に泣きながら支援を求める?と聴かれあんまり無いですね。と答えていた。
そもそも大泣きした時は、
クレーム→落ち込む→指導→否定→徒労感→自己否定→悔しさの涙
というサイクルだったり
合わせる頑張り→結果が伴わない→後悔、悔しさ、緊張が切れ安堵感からの涙
というサイクルだったりする。
他には
自分が合わせられない感覚→感覚の共有ができない不全感→自分の感覚はおかしいかもしれないと自己否定→解離する

というパターンが多い。自分のパターンを知ることは結果的に自分を守ことにつながる。

内省、葛藤できるかどうかはその人を知る上で大切とのことだった。

また、自分の筆圧、筆記、メモが取れなくなった瞬間はその人の話を聞けなくなった時だからね、と教えてもらう。
もちろんその話を聞けなくなるというのはあって当然なんだけれど、なんで話が聞けなくなったかの自己モニタリングは大切にしてごらんとの事だった。


その話を聞いていて、私だったら〜〜が全て抜け落ちていることにとてもショックを持ったのと、自分は必要のないお節介な言動を介して、相手や自分に対し混乱を与えていたように感じただただ反省するばかりのカウンセリングでした。

自分のパターンを知っておくことや自分だったらという感覚は常に保有しながら対談していく必要性があると感じた案件で、

また、見立てる力が自分には弱いこともあり発達の勉強、本を読んだりと内容を整理していきたい。