ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

大いに泣く

私が心揺さぶられた漫画の一つ
「逢沢りく」
という漫画がある。

機能不全家族の中で育ち
バリアを張って過ごす、壁を作って過ごす
主人公の話。

彼女は心の交流が「ない家庭」と「ある家庭」の差を知る。

そして、「ある家庭」のなかで自分の心が強く揺さぶられて「感情を解放」するのだった。

りくが泣きにいくのは海だった。


私の生活といえば
6連勤→カウンセリング→5連勤→通院→歯医者

という我ながらいつ倒れてもおかしくない状態で、どうにか持ちこたえてのSV。

SVでは、色々な事があったことを伝えた。
「良く聴けたね」と褒めてくれる一方

「またやってしまったと言うけれど、あなたの感覚は直ぐにぐらついてしまう。どちらがおかしいの?」

「普通はどういう反応をする?」

「その人はきっと、邪魔されたことに対して涙を流したんだよ」

「あなたのお姉さんやお母さんと同じ、幼稚な感情」
とピシャリと言うので、

あ、私は幼稚な感情がダメなんだと再認識するのだった。

もう一方で、

「もう1人の人は被虐だね、話を聞いていて苦しかったでしょう」とカウンセラーさん。

私はそれまで我慢していた感情を解放して
号泣していた。

「あなただから、話してくれたんだろうね。」
とまた褒めてくれるのだった。

その涙は枯れることを知らなかった。

被虐の方の面談の後私は1人川で号泣した。

その案件から今週は

「逃げたい、楽になりたい」
衝動を抱えながら

笑顔の仮面でバリアをし仕事をするのだが
生きる屍状態。

オーバーフローを起こしている。

案の定、初めて主治医の前でも泣いてしまうのだった。

人前では絶対に泣かないと決めていたのに、、


私は彼女の苦しさと自分の苦しさを同じように感じてしまうのだった。

その苦しさは、きっと他の人にはわからない。

因みにその世界を知らない人には治療は無理だとカウンセラーさんはピシャリと言う。

私は治療者ではないのだ
彼女を救えないんだと思った時の無力感や居心地の悪さはどうしようもない。

彼女には治療が必要とカウンセラーさんは言う。

私はここでも良いですか?他に繋げられそうな場所を探したけれど見つかりそうもないと告げた。

経済的な事情もあるからね、
と言いながらもあなたからの紹介だったら彼女は多分繋がると思うと言ってくれた。

そして、最終的に私は泣きながら
「守ってくれる大人はいなかった」
と漏らすのだった。

そのあとはなんとも言えない罪悪感に駆られ
涙は止まることを知らず新宿の街を徘徊していた。


家に戻り被虐 守ってくれない
と検索キーワードに入れてみたら下記の論文が目に入る。

これは、私のことだと驚く。

カウンセラーさんからもその日の面談で言われたのだった。

被虐の人はどこに行くにもチケットを購入する感覚だと。

その世界観を知らない人の方が圧倒的に多い。

戦う、理解してもらうといのはもう無理だと思ってるとも私は伝えていた。

ダブルスタンダードで…
と唱える。

何度も言われていた、ダブルスタンダードで働くようにの意味がようやくわかってきた。

ダブルスタンダード
①社会的な規範の中で秩序を保つ私

②普通の家庭で育ってないために起こる弊害ゆえの障害

この二つのカプセルの間を行ったり来たり
そして、話を聞くということで、
社会的地位を獲得するのだった。


http://ir.lib.ibaraki.ac.jp/bitstream/10109/12937/1/20160105.pdf