ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

想像上のお母さん

安心という感情がわからない。

だから、私は世間一般でいう価値観や感覚を当てはめてそれらを共有する。

だからか繋がりが共有できない。

私はお母さんがいなかった。

いたのはよくわからないお母さんだった。

お母さん欲しかったでしょうと今日のカウンセリングで言われる。

皆にはあるんだ。

安心できる存在がいるものをいないと諦めた。

頑なに心を閉ざした。

今向こう側で交わされている楽しげな話に私はイライラすると。

そのイライラは大切なのと。

イライラするというのは、何かを守っているのと。

あなたは何を守っているの?と。

それはアイデンティティですと答える。

自分自身を守るために私はイライラしていた。

みんなにはあるんですね。安心というなの安全基地が。

でも私にはないんです。と続けた。


私には想像上のお母さんがいただけ。

愛着を感じたのはペットからだった。


するとカウンセラーさんは
そのペットはあなたの心にずーっといるよ、と言ってくれた。
やっぱり私には他の人とは共有し難いものがあった。

退職した方がいいとまですぐに考えてしまう。

けれどね、同僚の方は本当にフォローしてくれて嬉しかったんだと思うよと言ってくれる。

私には繋がらない。


それは、どんなに家庭で調整役をしていても

もともとバラバラだった家庭をつなごうとするための努力が結びつかないから。

繋がらない。

けどね、世間一般の人の感覚には届いているのかもしれない。


また良くやっているよと褒めてもらって今日もカウンセリングは終了した。


その話初めてしたでしょうと、

今まで見ないようにしてきたから初めて伝えた。

私のような心理背景を持っている大人はどれだけいるのだろうか。


やっぱり1割位なんだと思う。

大切にしていた自分の心を守る、
我慢が崩壊させられそうになったとき

私は体調も悪くなるし見たくないと心を遠ざける。

他の人とは違う。

それが私の中にある。

もうこれ以上近づかないで。

という気持ちに蓋を閉める。