ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

ダブルファンタジー

孤独と愛着-ダブルファンタジーへ生きのびる人々-

孤独と愛着-ダブルファンタジーへ生きのびる人々-

この本を読んだこと、根源的な恐怖を持っている人たちがいることを知り安心を得たことをカウンセラーさんに伝えると、知り合いだよ。一緒に仕事しているよ、と教えてもらった。
自分が被虐だったんだと知ってからずっとブログを読んでいた事。

そして、私が作り上げた想像上の母親像が崩れた事、そのことを理解して実家に帰ったこと。

心が静かだったことを伝えた。

私は変なお母さんに育てられた。

何度も言われていたけれど、
心のどこかでは「そうではない、お母さんはいた」と打ち消していたし思い込もうとしていた。

けれど、本当にいなかった、ことを知った。

それからは、自然と距離が出来た。

あぁもう良いんだ。

わかってもらえなくて、わかろうとしなくて、

よく頑張って生きてきた、だから、もういつ死んでも良いんだと思えて安心したと。

すると、カウンセラーさんは良かったね。
と返してくれた。

虐待の重症度の例をあげると子の危険を回避できない、この類と、親が子をいじめて楽しんでいるにはいるかもしれない。


本当に私は被虐だと知れて良かったです。

実はバーンアウトしたのは3度目。

病院に行ってもわかってもらえないと思ってたこと。

自分がいけないんだ、自分がちゃんと出来ないからと、自分で解釈をして思い込もうとしてたけど、
もう、そう思わなくて良いこと、
そして、母から言われていた、
「ビリから二番目で良い」という言葉を、私へ安心させたいから言ったんだと思い込もうとしてた、
けれど、本当は、「社会の際、社会からはみ出て生きていきなさい、法に触れなければ良い」という感覚を私は持っていたこと。

だから頑張れなかった。

無気力の根源であること。

また私は女性性を否定したかった。

思春期の頃、生理が止まった。

どうせ、母に言ったところでと思って、放置していた。

すると、自然と生理が始まった。

女性であることが嫌でたまらなかった。

一時期体重が30キロ台になった。

痩せること、痩せていられることで、私は自分の中にある嫌な部分を見ないようにしていられた。


自分が嫌だ。

自分を隠していきたい。

そんな思いが強かった事を伝えた。


すると、本当に色々思い出したね。

また、すべて繋がっているよ、と言ってくれた。

自分を消したかった事

それがすべて繋がっていった。

そして、私はカウンセリングを始めたころ、

私は人を守れるのか、人の尊厳を守れるのか、尊重できるのか、それが自分の大切にしたい事だった。

自信が無くて、私はそれが出来ているのかわからない、その緊張感から、解離を頻発してたようだった。


小学生の頃自分が自分の背後を眺めている絵を描いた事。

だから、小さい頃から解離してたかもしれないと伝えるのだった。


私は、私が守っている。

私は一人で生きてきた。


どうせ何もない自分なんだから、と重たい体を持ち上げて社会の輪にどうにか入っていた事。

色々なことが走馬灯のように巡りましたとつたえた。


カウンセラーさんは、あなたには母性があるよ。

大丈夫と言ってくれた。

けれど、あなたの仕事はそれを実感できる機会が少ない。

被虐の人は何らかの障害名がついて施設にやってくるかもしれないけれど、統合失調症や、発達障害は、そう言った想いをいくら伝えても繋がらないケースが多い。

だから、反応を見ること。

そうすると、バーンアウトしなくなるよと。


最近、わかってきたんです。

あ、この人は本当に重たいなぁと。

カウンセラーさんは続ける。

あなたのしたい、心理的援助については、被虐の人へは通じるかもしれない。

苦しさを感じるとは思うんだけどね、けれど、苦しい→理解してもらえた→その先には安堵感が待ってるよと。

残り9割の人へはソーシャルワークだよ。


だから、見立てる事、距離をとる事、反応を見る事、それを私は試して見ながら、自分の知ってる世界観を確認する事。

また、一つ目標ができた。


そして、良い感じだよと褒めてもらった。

そして、私は支援職を通して、私は、被虐ママと同じ感覚を味わっていた。

それが長く続く緊張の原因だった。
まだ、ダメだ。助けたい。
けど、上手くいかない、そのループだった。


最初の頃の面談で、本当によく生きてきたねと言われた意味を再確認する。