ファンタジーと現実の間

目に見えないこころのこと こころと向き合うゆとり世代の生活

家族療法

とある事案が発生し、これは…どうする、このままでいいのかと考えが先行していたが、私はすぐに受話器をとり連絡していた。

緊急を要する事案だったからだ。

すぐに連絡が繋がる。来てくださることになった。

ただ今でも悩む。
自分がしたことはなんだったんだろうか。
害になっていないか…と。

家に帰ってから母と子と言う名の病を引っ張り出し、今回で4回目か、事例を丹念に読み込む。


・私が母から良く言われていた言葉
・父から言われていた言葉
がグルグルと頭の中を駆け巡っていた。


父は祖母に対して「出て行け!このキチガイ!」とよく言っては警察沙汰になっていた。

母は私に対して「性格がコロコロ変わる」とよく言っていた。

自分でもなぜそうなるのか理解ができなかった、その頃は。

カウンセリングに行きながら、
自分の感覚や記憶から見立てるようになってしまった。

今起きている現象についての理解を自分自身がしている。
また、先生からもそのように伝えてもらってから、私の言動は非定型な発達を遂げた自分の言葉×先生の言葉=自分の事について知る→他者理解、見立てへ繋がるという図式になっているようだ。

今回の事案についても
家族システムが機能していない、家庭環境から来るストレスで諸々の現象が噴出していると見て良さそうである。

ただ、本当にそうなのだろうか?

私の母とは違う行動も見られるし、私の行動とも違う。
私が爆発をした時は、
大体、母を守る行為として、泣きながら訴えるのだ。

それを母は、本当に役者にでもなればいいね、すごい演技だよ、と言うのだった。

私の母は、どの母親のパターンなのだろうか?と読み解くとやはりDタイプなのだと思う。

昨日、母からラインが届いた。
文章の内容を読み解くと大分大変な状況が兄家族に起こっているようだった。

しかし、絵文字がその文章と全く合っていない…。
絵文字が多すぎて読みづらいし、本当に幼稚だ…と呆れるのだった。
本当にその場の理解や状況を表出させる言語がミスマッチなのだ。

落胆を覚える私。

正直兄夫婦の問題に介入する事は私は出来ない。

母へも「二人に任せなよ」とだけ送った。

冷たいのは私なのか、母から出るベクトルを全く受け取れない私がおかしいのだろうかといつもの自問自答で苦しくなる。

正直、私にその情報を伝えて、
どうしてほしいのか全くわからないのだ。

いつもそうだ。

本当によくわからないお母さんなんだ。


話は変わるが、
「何を考えているのかわからない」と
「私は聞いてないし、どうしてほしいの?」
と思う状況に最近出会す機会が頻発しており、仕事の進め方において混乱している。

そして自分の中での結論が出る。

「あ、何も考えていないんだ」
「責任感にかけてる」
そういう思いしか描けなくなっている。

結局、、お花畑のよう感覚しか持ってないんだ、と
気づいた瞬間、私のやっていることはなんなんだろうかと、また悶々とするのである。

大分引きずりそうである。